金峰山登山 五丈岩に登ろうとしてあきらめる

信仰登山のメッカ
奥秩父の名峰、金峰山は、平安時代から続く信仰登山のメッカだ。
修験道の開祖、役小角(えんのおづぬ)によって奈良県吉野の金峰山から蔵王権現を勧請したことに始まるらしい。
山頂には、巨大な五丈岩が、デーン!とそびえている。
最初に 「金峰山に登ろう!」 と思い立った時、オレは江戸時代の人たちにならって、ふもとの御岳町にある金桜神社から始まる表参道をエッチラコッチラ歩いてやろうと考えた。
しかし、よ~く地図を眺めてみると、あまりに時間がかかりすぎることがわかった。
ざっと頂上まで10時間。
途中までクルマで行ったとしても片道6時間半。
日帰り往復は無理そうだ。
オレはいつもテントを担いで登るんだが、途中にテント場らしき所がないので、泊まるのもちとキビシイ。
日帰り登山
軟弱なオレはそれであっさりあきらめ、結局、富士見平からの日帰り往復をした。
朝8時に、みずがき山荘を出発。
富士見平小屋、大日岩と越え、長い樹林帯の登りを過ぎると突然、稜線上に出た。

ここからが、大きな岩がゴロゴロしている岩稜帯だった。
岩と岩の間をホイホイと飛ぶように登り、11時前に頂上に着いた。

金峰山の頂上には、あの有名な五丈岩がデ~ンと乗っかっていた。
高さ15メートルほどあるらしい。
この巨大な岩のカタマリが御神体とされ、ますます人びとの信仰心を熱くしたに違いない。
かつて、あの地蔵岳(鳳凰三山)のオベリスクによじ登ったことのあるオレは、この五丈岩のてっぺんにも登ってやろうと試みた。
頂上にいた、多くのギャラリーの視線を背中に浴びながら、ヒョイヒョイと軽快によじ登ったが、最後のひと登りのところで躊躇した。
「ここを登りきったら、たぶん拍手喝采もんだろう…」
群集の、期待に充ちた視線を背中に感じつつ、オレは迷った。
「でも登ったがいいが、今度は降りることができないかも知れない…」
「コケて怪我でもしたら、それこそヒンシュクもんだ…」
で、オレはあっさりあきらめ(オレはあきらめが早いのだ)、すたこら降り始めた。
「なんて馬鹿な野郎だ…」
今度は、背中の視線がそう言っているのがわかった。
すっかりふてくされたオレは、岩陰でこっそりカップヌードルをすすり、
「グスッ(泣)、金峰山なんてもう二度と来るもんか…」
と、すねて山を下りたのであった。
江戸時代の信仰登山に思いを馳せる
ところで信仰登山とはいうが、昔の人たちは、よくぞあんな岩だらけの山を登れたもんだ。
修験者や山伏のことを言っているのではない。
ああいった系統の人たちは、たぶん妖術やら仙術やらを駆使しただろうから(ホンマか?)この際はずすとして。
オレが言いたいのは、例えば江戸時代の一般庶民がよくぞ草鞋であの岩だらけの上を歩けたもんだ…ということである。
草鞋でっせ、草鞋。
それに、もし雨が降ってきたらどうしたんだろう…?
今のようなゴアテックスのレインコートなんてなかったはず。
菅笠と蓑か?
あんなもんでホントに雨風が防げたのだろうか…?
そんな疑問が次々と湧いてきたので、ついにオレは今度、草鞋に笠と蓑で山を登ってみてやろうと決意した。
自らの体験をもって答えを出すのだ!
たぶん、すぐあきらめるだろうけど…。













