インドのマサラ映画のこと
インドは世界一の映画大国
インドは世界でトップクラスの映画大国だ。
年間の映画制作本数の方もダントツで、あのハリウッドのアメリカを軽く凌いで世界一であるらしい。
インドで映画の街としては、特にムンバイが有名で、この街がかつてボンベイと呼ばれていたことから、アメリカのハリウッドをもじって「ボリウッド」とも呼ばれている。
私たちの世代では、インド映画といえばサタジット・レイ監督の「大地のうた」3部作が真っ先に思い浮かぶ。
しかし、このように海外でも高い評価を受けている、いわゆる芸術系インド映画はごく一握りで、ほとんどが国内向けの娯楽作品であるといっていい。
マサラ映画とは?
「ムトゥ踊るマハラジャ」が大ヒットして以来、徐々にこうした娯楽インド映画が日本でも知られるようになり、今では「マサラ映画」とも呼ばれて、一部の熱狂的なファンを獲得している。
マサラ映画では、アクション、ラブロマンス、コメディ、歌、ダンス等の様々なシーンが、まるで香辛料を混ぜ合わせたマサラのごとく、スクリーン上に目まぐるしく展開される。
ストーリーのパターンもだいたい同じだ。
美男のヒーローと美女のヒロインと悪役が登場し、恋があってアクションがあって、突然、敵も味方もいっしょになって歌い出したり、踊り出したりする。
最後には危機一髪のところで悪人が退治され、めでたくハッピーエンドで終わる…
私はかつて、インドを放浪していた際、デリーやコルカタ(カルカッタ)でヒマつぶしに、インド人に混じってマサラ映画を見る機会があった。
チケット売り場の混雑盛況ぶりといい、館内で巻き起こる口笛や拍手といい、インド人観客の映画に対する熱狂ぶりは実に凄まじいものがあった。
それを横目に見ながら、私は、
「何故こんな単純で決まりきったストーリーに、彼らはこれほどまでに興奮できるのか…」
と、不思議に思った。
映画で現実を忘れる
インドには娯楽が少ない。
その上、日々の生活は貧しく苦渋に充ちている。
彼らにとって映画とは、そうした惨めな現実を一瞬ではあるが忘れさせてくれる夢物語なのかも知れない…と、その時は思った。
彼らはほんの片時、スクリーンの中のヒーローになりきり、華麗なスーツに身をつつみ、豪華なクルマを乗り回し、派手なアクションを駆使して、美女を救い悪人を懲らしめるのだ。
あれから数十年。
時代は大きく変わろうとしている。
インド人も、ひとり一台スマホを手にする時が来る(あるいはすでに来ている)だろう。
そして、今の私がそうであるように、映画館へ足を運ぶことがなくなり、アマゾンプライムやNetflixで、ひとり自宅で映画を楽しむようになるのかも知れない。
何となく寂しい気もするが、きっとそれが抗うことのできない時代の波というものなのだろう。