画家、霧ヶ峰で思索に耽る
霧ヶ峰は霧がよく似合う
霧ケ峰に行った。
平成14年よりビーナスラインが無料化されたので、オレのような貧乏人でもスイスイと気楽に行けるようになったのが、実にありがたい。
車山肩に車を停め、蝶々深山、物見岩と登り、最後に八島湿原のまわりをのんびり散歩した。
この日もやっぱり霧が多かった。
でも、霧ケ峰はこれでいいのだ。
あんまりアッケラカンと青空が広がりすべてが丸見えだと、かえって霧ケ峰が、
「イヤ~ン!エッチ❤」
と、身をよじってもだえているような気がするのだ。
霧ヶ峰にはヒュッテがよく似合う
ところで、霧ケ峰の地図をツラツラ眺めて気づくことは、山小屋ではなくてヒュッテがやたらと多いことだ。
「コロボックルヒュッテ」に「ヒュッテジャベル」、「クヌルプヒュッテ」。
中には「ヒュッテ・カルペデイム」なんて舌を噛みそうなのもある。
それでは山小屋とヒュッテとは一体どこがどう違うのか?
…というと、何のことはない同じだ。
ただちょっとカッコつけてヒュッテと呼んでみただけのことだ。
オシャレ度がワンランク上なだけだ(したがって少しはこぎれいなのを期待していいのかも?)。
「なぁ~にぃおっ!カッコつけてんだょ~」
…と霧ケ峰の後頭部あたりを小突きたくもなるが、実際に霧ケ峰に来てみると、確かにここには「太郎兵衛小屋」や「権兵衛小屋」なぞは、古今東西絶対にあってはならないような気がする。
山や池の名前の方も、実にシャレている。
「蝶々深山」に「セブラ山(男女倉山)」、「池のクルミ」に「山彦谷北の耳」と「山彦谷南の耳」…
う~む、何たる詩的表現!
まるで英国ファンタジーの世界じゃないか!
そういえば風景もどことなくイギリスの湖水地方あたりに似ている。
そうなのだ。
霧ケ峰はブンガクやヨーロッパの香りの漂う、ハイソな山だったのだ。
だからこそ霧ケ峰は、山岳部あたりのいかつい身体つきをした連中が、ガッシガッシ!と登る山ではない。
むしろ、青白い肌をした文学青年風の優男(やさおとこ)が、憂いを秘めたまなざしで、詩集でも片手に彷徨(さまよ)うように歩く山なのである。
霧ヶ峰とブンガク
実際、霧ケ峰には昭和初期に多くの文学者が集い、そこを舞台に詩やエッセイなどさまざまな作品が編まれた歴史があった。
「日本百名山」によると、かの深田センセも霧ケ峰で一夏を過ごし、天気さえ良ければ隣の部屋にいた小林秀雄クンと広い高原を歩き廻った…とある。
小林秀雄だぜ、小林秀雄!
「考へるヒント」!
受験の時にゃあオレはさんざ泣かされたぜ、あの難解な文章に。
「そうか、小林秀雄はこの霧ケ峰を歩きながらあの深遠な思索をしたのか!」
大発見をしたオレはその後何度も霧ケ峰に通い、形而上学的な哲学に耽ろうと試みた。
しかしそれはことごとく失敗に終わった。
高原を歩きながらオレがいつも考えることといえば
「山を下りたら今日はどこの温泉につかろうか?…」
…などという実に形而下なことばかりだったのだ。
(霧ヶ峰をテーマにこんな絵を描きました)