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2019-06-27

コスタリカのジャングル、ルソーの描いた熱帯

ボートに乗って

夜の闇を真っ二つに引き裂いて、私の乗ったモーターボートは、ジャングルの水路の上を突っ走っていた。

けたたましいエンジン音。

激しく全身をなめまわす熱帯の生暖かい風。

両脇はうっそうと茂るブッシュであるはずなのに、深い闇の中に溶け込んでまったく見分けがつかない。

そんな中を、操縦士は手馴れたハンドルさばきで、巧みにボートを走らせていた。

今夜、ジャングルのディスコでパーティーが開かれる、というのだ。

私は、宿泊中のロッジの、隣の部屋に居合わせた二人のドイツ青年から誘いを受け、宿の主が手配したモーターボートに飛び乗ったのであるが、

「この深いジャングルの中に、本当にディスコなんてあるのだろうか?」

と、いまだ半信半疑であった。

ルソーの絵に誘われて

ルソーの描く熱帯のイメージに誘(いざな)われて、中米コスタリカのジャングルにやって来た。

画集の中のルソーの妖しい熱帯は、少年の頃の私を、いつも神秘に充ちた異世界へと連れ出した。。

長ずるにおよんで、パリなどのヨーロッパの美術館で実際にルソーの絵に対面した時、ルソーの熱帯は人工的な都市空間の中で、他の画家の絵にはない独特な匂いを放っていることに気づいた。

きっと彼の絵は、これまで数知れないほど多くの人々を、アナザーワールド(もうひとつの世界)へと誘い込んだことであろう。

私はいつか、ルソーの描いた熱帯の世界を実際に旅してみたいと思っていたのだ。

コスタリカという国

正直言って、この旅に出るまでは、コスタリカという国についての知識は皆無に等しかった。

しかしガイドブックなどを通して調べていくうちに、この国が持つ不思議な魅力が少しづつ浮き彫りにされてきた。

中米という政情のあまり安定しない地域にありながらも、完全な非武装中立をつらぬいており、元大統領がそのことによりノーベル平和賞を受けたこと。

地球上の全動植物の五%もが棲息する、自然の宝庫であること。

さらに、それを生かしたエコツーリズムを、観光産業として位置付けていること…

私は、カリブ海沿いに広がるトルトゥゲーロ国立公園の、ジャングルの中の水路に面したロッジに滞在した。

うっそうと生い茂る熱帯雨林の中を水路が複雑に交錯し、交通の手段は船しかないという、とても不便なところだ。

ガイドに従って、ジャングルの中を歩いたり船に乗ったりした。

木々を見上げると、ナマケモノやイグアナが枝にへばりついている。

運河にはワニがいる。

極彩色の毒ガエルや、一年間に数メートル歩くという奇妙な椰子。

ハチドリという、ハチとトリのあいのこのようなものが羽をばたつかせて飛んでいる…

熱帯の生き物はどれも、とても個性的で、ちょっとグロテスクだった。

ジャングルの中のディスコ

相変わらず、モーターボートは闇の中を疾走していた。

やがて前方に、ほのかな明かりが見えてきた。

近づくとそれは、水路の土手に作られた木製の粗末な建物であることがわかった。

私たちのボートはそこに横付けされた。

よじ登るようにして、その建物へと乗り移ってみて驚いた。

耳をつんざくロックのリズム。

ギラギラと回転するミラーボール。

中では数十人の若い男女が、ラテン人特有のしなやかで引き締まった肢体を激しくくねらせていた。

それは紛れもなく、夜の闇に忽然と出現した、ジャングルの中のディスコであったのだ。

ルソーの絵の中のそれとは違い、本物の熱帯は、暑くて湿度もめっぽう高く、私にとって決して居心地の良い場所ではなかった。

実は、ルソー自身は熱帯には行った事がない。

それどころか彼は異国体験さえなく、その生涯をパリの街で、収税士として謹直に過ごした。

ルソーの「熱帯」は、パリという無機的で硬質な都市の中で夢想する、彼の奔放な魂が生み出したものであったのだ。

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