万里の長城でトレッキングして野宿してみた(1)
宇宙から肉眼で見える唯一の人工建造物
「万里の長城は、宇宙から肉眼で見える唯一の人工建造物である…」
昔から、こんなまことしやかなフレーズを、本やテレビで目にするたびに、オレは、万里の長城のことがとても気になっていた。
万里の長城というのは、ご存知のとおり、あの秦の始皇帝が、異民族の侵入を防ぐために造ったのが始まりで、その後長い年月をかけて継ぎ足されたり、造り直されたりした。
東の端は、山海関といって海に突き出ていて、一方の西の端は、はるかシルクロードの砂漠まで続いている。
現存するものだけでも全長6,000キロに達するらしい。
「それにしても、宇宙から肉眼で見えるって、いったいどれだけドデカイんだ!」
そんな長城のほんのわずか糸くずのような一点でもいいから、この足で実際に歩いてみて、その巨大さを実際に肌で味わってみたい…
オレは物心つくころから密かにそんな思いを抱くようになった。
万里の長城といえば八達嶺(はったつれい)
ところで、万里の長城といえば、なんといっても有名なのは八達嶺(はったつれい)で、ツアーなどで訪れるのは大部分がココ。
もはや中国いちばんの観光地と言っても過言ではなく、ツアーバスがひっきりなしに押しかけ、さまざまな国籍の観光客でいつもゴッタがえしている。
あたり一帯は、観光客用にとても整備されていて、レストランや土産物屋やキレイなトイレがある。
長城の壁や床や見張り台も、インスタ映えするように見事に修復されている。
八達嶺には、もちろんオレも何回か足を運んで、男坂やら女坂を人混みに混じって歩いたりしたが、その度にオレは思った。
「こりゃあ、まるでテーマパーク状態だ。”万里の長城ランド”みたいな…」
そんで、オレは魂の叫びを上げたのだ。
「これは本当の長城じゃ無い!」
「ケバいメイクやハイヒール姿のネェちゃんは、長城には断じてふさわしくない!」
「オレが歩きたいのは、ホンモノの長城、もっと素のままの野性味あふれた長城なのだ!」
…と。
万里の長城トレッキングに挑戦!
そんなわけで、40代を迎えたころ、オレは、
「観光客のいない素顔の長城をテクテクと歩いてみよう!」
と、突然思い立ち、ツェルト(簡易テント)と寝袋を担いでノコノコと北京へ向かった。
えっ?なんでツェルト(簡易テント)かって?
もちろん、長城で野宿するためだ。
やはり女性にしても、ひと晩褥(しとね)をともにしなきゃ、ホントのことはわからないでしょう(いったいなんの話だ?)。
長城だっておんなじこと。
長城の真の偉大さ雄大さを肌で味わうためには、なんとしても一晩をともにする必要があるのだ。
そんなワケのわからないような理由で、オレは長城で野宿することに決めたのである。
まわりからは 「追い剥ぎに会って身ぐるみはがれるぞ!」
…とさんざ脅かされた。
こう見えても結構小心者のオレは、びくびくして旅立ったのだ。
いざ、金山嶺へ!
オレが歩くことにしたのは、北京から130キロ離れたところにある金山嶺長城というところ。
ここから隣の司馬台長城へと5時間かけて歩くコースは、地元ではちょっとしたトレッキングコースとして知られている。
ふだんなら一日で十分走破できるこのコースを、オレはあえてぶらぶらと2日間に渡って歩き、途中どこかで「計画的野宿」をしよう、という魂胆だ。
とりあえず、北京市内で、長城でひと晩を過ごすための食料を調達し、路線バスに乗って、金山嶺長城の入り口まで行った。
金山嶺には、観光客がいるにはいるが、あの八達嶺に比べればはるかに少ない上に、外国人はほとんぞおらず、地元の中国人ばかりだ。
オレは、とりあえずフツーの観光客の姿を装って入場チケットを購入し、タラタラと長城を歩き始めた。
最初は、ポツポツいた観光客も、先へ進むにつれてだんだん少なくなり、しまいにはまったくいなくなってしまった。
それに比例するように、長城の城壁も、はじめの方こそキレイに修復されていたが、次第に崩れた箇所や穴が目立つようになり、もはや廃墟と化した部分もあらわれるようになってきた。
だんだんと人家も少なくなり、まわりは山ばかりになってきた。
長城は、遥かかなたの山のさらに先まで延々と続き、行けども行けども終わりがないようだ。
そんな風景の中、ひとりトボトボ歩いていると、かなたにオレを待ち受ける人影が…
どうやら薄汚れた浮浪者風の男だ。
「すわっ!強盗かっ!」
思わず身構えたオレだった。