ボリビア旅行記 アンデスの高山列車、チチカカ湖のほとりの町プーナ、そしてボリビアのカーニバル
アンデスの高山列車
それにしても、何だかとても奇妙な旅だった。
忘却の彼方(かなた)にある、か細い記憶の糸をたぐりよせるような、あるいはセピア色に褪(あ)せた自らの過去に少しずつさかのぼっていくような…
こういうのをデジャブ(既視感)というのだろうか?
はじめて訪れる異国であるはずなのに、遠い昔にどこかで見たおぼえのあるような懐かしい風景にいくつも出会った。
ペルーのクスコから乗った高山列車は、たっぷり10時間かけて、チチカカ湖沿岸の町プーナまでのろのろと走り抜けた。
浅黒く日焼けした男たちが、日干し煉瓦をひとつずつ丹念に積み上げている。
山高帽から三つ編みの髪をたらした女たちが、とうもろこし畑の中で鎌を片手に収穫にいそしんでいる。
子供たちは、みな一様に、列車に向かって無心に手を振る。
彼らの瞳の奥には、憧憬と羨望の想いとが同時に息づいている。
このアンデスの高地につつましく暮らすインディオの人々にとっては、列車に乗る機会なぞ一生のうち一度もないのかも知れないのだ。
やがて、列車が四千三千メートルの最高点を超えると、時おり、リャマやアルパカが草を食(は)む以外は、あたり一帯は樹木の影さえない荒涼とした大地が、飽きるほど延々と続くようになった。
チチカカ湖のほとり、プーナの町
やがて夜のとばりがおりる頃、列車はあえぐようにして終着点であるプーナの町に到着した。
町には市(いち)が立っていた。
ビニールシートで囲われた粗末な屋台がびっしりと軒をつらねて立ち並び、インディオの男や女たちが肩をすり合わせるようにして歩いている。
娘たちの笑い声、香具師(やし)の得意げな口上、生きたアルマジロを抱いた黒ずくめの祈祷師のあやしい祝詞(のりと)…
町全体が華やかにさんざめいていた。
急ごしらえの小さな遊園地では、男たちが汗だくになって、人力メリーゴーランドや人力観覧車をまわしている。
子どもたちの歓声とあふれるほどの色彩。
私は、少年のように胸をときめかせながら、このまるでフェリーニの映画の一シーンを思わせる風景の中を、いつまでも時間を忘れてさまよい続けた。
ボリビアのカーニバル
次に訪れたコパカパーナという小さな町では、季節はずれのカーニバルのパレードが人々をにぎわせていた。
まるで迷路のように入り組んだ白い石造りの町を歩いていると、どこからともなく賑やかなブラスバンドに先導されたパレードがあらわれた。
あでやかな衣装をまとった女たちが激しく腰をくねらせ、不気味な仮面の男たちが妖しい踊りを披露する。
パレードは忽然とあらわれ、それがまるで真夏の白日夢であったかのように、また忽然と何処へともなく去っていく。
後を追うべく、ひとつの辻を曲がろうとすると、すぐ向うの辻からまた別のパレードが出現した。
この小さな町のいたるところが、カーニバルの舞台装置になっているのだ。
日が傾くにつれ、踊り疲れた上にすっかり酒がまわったのか、楽隊も踊り子たちもふらふらとだらしない千鳥足になってきた。
それでもパレードは続いている。
最後には、町も人びとの笑いも、カーニバルの鮮やかな装いも、楽隊の奏でる音楽も、すべてが闇の中に溶け入るようにして消えていった。
私は、ほとんど一日中、辻から辻へとパレードの後を追い続けた。
まるで、祭囃子をいつまでも飽きることなくながめていた、あの幼い少年の頃のように…
ペルー、ボリビア旅行から帰った後、旅で出会った光景にインスパイアされてこんな絵を描きました。鉛筆画です。